東京地方裁判所 平成6年(ワ)11335号 判決 1996年2月22日
原告
興亜火災海上保険株式会社
被告
王子運送株式会社
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
一 被告は原告に対し、金三一五二万八一〇七円及び内金二八四三万五七四九円に対する平成五年二月二四日から、内金三〇九万二三五八円に対する平成三年一月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用の被告の負担及び仮執行の宣言
第二事案の概要
本件は、加害車両について対人賠償保険契約を締結している原告が、被害者に支払つた保険金を保険代位により、他方の共同不法行為者の使用者に求償した事案である。
一 争いのない事実
1 原告は、保険業を営む株式会社である。
2 本件事故
日時 平成元年七月二一日午前一時五分ころ
場所 茨城県土浦市中村南三丁目三番八号先国道六号線上交差点付近
3 訴外薄井正男(以下「訴外薄井」という。)は被告の被用者であり、本件事故当時、被告所有の大型貨物自動車(以下「被告車」という。)を被告の事業のため運転していた。
二 争点
1 共同不法行為の成否
(一) 原告
(1) 本件事故の態様
訴外薄井は、運転中の被告車を道路中央から約〇・八メートル、対向車線に斜めにはみ出しながら前照灯を点灯したまま駐車させ、運転席に座つたまま運転席のすぐ外側の路上に佇立している訴外玉沢茂(以下「訴外玉沢」という。)及び訴外水上真(以下「訴外水上」という。)の両名と口論していた。そのため、普通乗用自動車(以下「田中車」という。)を運転して対向してきた訴外田中精次(以下「訴外田中」という。)は、右前照灯に妨げられて、訴外玉沢らの発見が遅れて訴外玉沢らに衝突した。
(2) 訴外薄井の過失
本件事故は、訴外田中の前方不注視の過失と訴外薄井の道路交通法(以下「道交法」という。)四七条違反(車両は駐車するときは道路の左側端に沿い、かつ、他の交通を妨害してはならないとの規定に違反し、はみ出し禁止の対向車線にはみ出して駐車して他の車両の交通を妨げた)と同法五二条違反(車両の運転者は、他の車両等の交通を妨げるおそれのあるときは、灯火を消し、灯火の光度を減ずる等、灯火の操作をしなければならないとの規定に違反し、灯火を消すことも光度を減ずることもせず斜め前方に灯火を照射していた)による過失の競合によつて発生した。
(二) 被告
被告車は、訴外玉沢らの行為によつて、原告主張の位置、状況におかれたのであり、訴外薄井には、結果の予見可能性も回避可能性もなく、過失は一切ない。
2 求償額
(一) 本件事故の結果、訴外玉沢は脳挫傷・外傷性クモ膜下出血等の、訴外水上は頭部打撲・右鎖骨骨折等の各傷害を被つた。
(二) 原告は、田中車について対人賠償保険契約を締結しており、右保険契約に基づき、訴外田中の損害賠償義務の履行として、次のとおり保険金を支払つた。
(1) 訴外玉沢関係
平成元年八月一〇日から同五年二月二四日までの間に、合計五六八七万一四九八円。
(2) 訴外水上関係
平成元年八月一〇日から同三年一月二五日までの間に、合計六一八万四七一六円。
(三) 訴外田中と訴外薄井の過失割合は五割宛であるから、原告は被告に、右(二)(1)(2)記載の各金員のうち訴外薄井の過失割合である五割に相当する金額を求償する。
第三争点に対する判断
一 争点1
1 前記争いのない事実に、証拠(甲一、二二、二三、二五ないし二七、三一、三二、四一ないし四三、六九ないし七五、乙一)を総合すると、次の事実が認められる。
(一) 本件事故現場は、車道幅員約一〇・八メートルで、ほぼ南北に走る平坦な道路で、牛久方面(南側)に向かつて現場手前はゆるく右にカーブしているが、現場からは直線道路になつており、見通しはよい。
路面はアスフアルト舗装され、平坦で、センターラインは黄色ペイントで明確に標示されている。
現場付近は片側一車線であるが、そこから牛久方面は南側にある通称荒川沖関銀前交差点(以下「本件交差点」という。)のため、車線が複数となつている。
現場は、茨城県公安委員会が指定した最高速度五〇キロメートル毎時、駐車禁止、追越しのための右側部分はみ出し通行禁止となつている。
(二) 訴外薄井は、本件事故当日、被告車を運転しての東京からいわき市への帰路、本件事故現場付近を牛久方面から石岡方面に向け、前照灯を下目にして走行していた。
同人が本件事故現場の二〇〇メートル位手前に差しかかつたとき、右方道路から突然普通乗用自動車(以下「ワゴン車」という。)が、被告車の前に割り込んできた。訴外薄井は、危ないと思いながらワゴン車の二、三十メートル後方を追従していたが、ワゴン車は時速三〇キロメートル位のノロノロした速度で、左右に蛇行しながら走つていた。本件交差点付近で、訴外薄井はワゴン車に注意を促すために、前照灯を一回パツシングしたところ、ワゴン車は本件交差点から一〇〇メートル位進行した左側車線の中央付近に停車した(別紙図面<あ>の地点)。
訴外薄井は、進路を塞がれたため、ワゴン車の後方に一旦停止したが、対向車がなかつたので、ワゴン車の右側を追い越して行こうと思い、被告車を発進させ、ハンドルを右に切り、ゆつくりとした速度でセンターラインに寄つた。そのとき、ワゴン車の運転席から四〇歳前後の男(訴外玉沢)が降りたので、訴外薄井は、前照灯を下目にしたまま、その先頭右側部分が若干センターラインを越えた状態で被告車を停止させた(別紙図面<目>の地点)。
(三) 訴外玉沢は、被告車の運転席右側の対向車線上の別紙図面<イ>の地点に立つて、被告車のドア越しに、訴外薄井に向かつて、「何だこの野郎文句あんのか」などと大声でわめいた。ワゴン車の助手席から三五歳位の男(訴外水上)が降りてきて、別紙図面<ア>の地点に立つて何か怒鳴つていた。二人とも赤い顔をして、足元がふらついていた。
訴外水上と訴外玉沢は、本件事故前日の午後七時ころから、訴外水上の自宅でビール二、三本を飲み、午後九時ころ、近所のラーメン店に行つてビールを一本飲み、さらに他のスナツクか飲み屋に行つて酒を飲んでおり、訴外玉沢の血液一ミリリツトルにつき〇・三ミリグラムのエチルアルコールが、訴外水上の血液一ミリリツトルにつき一・八ミリグラムのエチルアルコールが検出された。
(四) 訴外薄井は、二人が見るからに酔つていたので相手にせずにいたところ、訴外玉沢と訴外水上が被告車の運転席の右側に来てから一分位経つたころ、対向車線上を訴外田中の運転する田中車が時速約六〇キロメートルで石岡方面から牛久方面に向かつて進行してきた。訴外田中は、別紙図面<ア>、<イ>の地点の約一七〇・四メートル手前で被告車の前照灯がセンターラインを跨いでいるのを認めたが、被告車がワゴン車を追い越そうとしていると思つた。訴外田中は、約八三・一メートル進行したとき、ワゴン車と被告車が停止していることがわかり、なぜ被告車が道路中央付近に停止しているのかと考え、被告車の前照灯に気を奪われながら七二・八メートル進行し、左にハンドルを切つて被告車を避けて、通りすぎようとしたとき、訴外水上と訴外玉沢に衝突した。
2 以上の事実に基づいて判断するに、共同不法行為が成立するには、各行為者には、それぞれ独立して、被害者に対する不法行為が成立しなければならないところ、本件において、被告車がその先頭右側部分を若干反対車線にはみ出した状態で道路中央付近に停止することになつたのは、訴外玉沢らのワゴン車がその前方に停止し、さらに、同車から訴外玉沢と訴外水上が降車して被告車の進路を妨害したためであり、訴外薄井の右停止行為は、いわば、訴外玉沢と訴外水上が自ら招来したものであつて、その責任は訴外玉沢らにあるというべきである。そして、酒に酔つた訴外玉沢と訴外水上が足元をふらつかせた状態で被告車の運転席右側に立ち、訴外薄井に対して口論を吹つ掛けている状況では、訴外薄井が被告車を停止させてから一分程度の間に同車を道路左端に寄せて駐車することは困難であつて、そのような行為を同人に期待することはできないから、同人が一分程度の間被告車の先頭右側部分を若干反対車線にはみ出した状態で道路中央付近に停止していたことをもつて、訴外玉沢らに対する関係で過失があつたと評価することはできない。また、訴外薄井が前照灯を下目にしたまま消灯しなかつた点については、被告車が若干反対線車線にはみ出した状態で停止している以上、前照灯を消すことは、田中車から見て被告車の存在を不明にさせることから、むしろ危険であつて、酒に酔つた訴外玉沢らの進路妨害がどの程度継続するのかが判然としない状況のなかで、一分間程度前照灯を消灯しなかつたことをもつて訴外玉沢らに対する関係で過失と評価することはできない。
そうすると、被告車が前照灯を下目にしたまま道路中央付近に停止することとなつたことは、訴外玉沢ら自身の責任であり、その事実をもつて訴外薄井の訴外玉沢らに対する不法行為が成立すると認めることはできないから、本件事故が訴外田中と訴外薄井の共同不法行為ということはできない。
二 まとめ
よつて、訴外玉沢及び訴外水上との関係では、訴外薄井に過失がなく不法行為は成立しないし、弁論の全趣旨によれば被告車の構造上に欠陥又は機能の障害があつたとは認められないから、その余の点を判断するまでもなく、原告の請求は理由がないから棄却する。
(裁判官 南敏文 竹内純一 波多江久美子)
交通事故現場見取図